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Monday, 28 February 2005

文化、文化・・・

なかをさん、昭和30年代「文化」ブームだったのですね。
たしかに、文化包丁とか文化鍋とか、ありますねー。
今で言うと「最新の科学テクノロジーをつかった新製品!」みたいな言葉だったのかな。「テクノロジー」は「技術」といってもよさそうなのに、やっぱり「テクノロジー」という響きの方いい。当時「文化」とつけたがったのも、同じような感覚でしょうかね。
昭和30年代を生(なま)では経験していない私は、コメントを読んでなるほど!と思いました。

さて、なかをさんのコメントを読んで、学校の「文化祭」について考えました。ふつう「文化祭」と「体育祭」は対になっています。
ある学校では「文化祭」がなくて「学園祭」があります。「文化祭」は演奏や演劇や研究発表をする場で、それプラスお祭り的要素が強く加わっているのが「学園祭」かな。でも今は境界線があいまいになっています。
さらに、私が今いる学校では「文化祭」も「学園祭」もなく、「表現祭」があります。内容は演奏や演劇や研究発表をする場です。生徒の文化的な「自己表現」が目的なので、運動部が「一般参加型ビーチバレー大会」を企画することはOK。でも、学園祭によくあるような「ものを売るのが目的の企画の羅列」はありません。
今まで「表現祭は文化祭みたいなもの」と思っていました。すると「表現≒文化」となります。「表現祭」の説明としては外れてはいませんからよかったのですが、今回の話題で違和感を覚えました。

「『東急文化会館』が『東急表現会館』だったら・・・?」
と考えました。そして、
「五島プラネタリウムは『文化施設』か『表現施設』か?」
といったら、「表現施設」ではやはりおかしい気がしました。
「表現」は自己が主軸になっていて一方的な行いな感じがして(もちろん受け手はいるのですが)、「文化」はもっと客観的で学問・時間・人もひっくるめた横のつながりをつくっていく感じがします。
五島プラネタリウムは、投影機での表現、各解説員や学芸員の表現をつかってはいるけれども、「表現」が目的ではなくて「天文学という文化の普及」が目的で、それらは大きな違いがある気がします。

まぁ、表現あっての文化なのかもしれませんし、文化あっての表現でもあるかもしれず、そんなに線引きにこだわることはありません。
ただ、「文化祭」と「表現祭」は違うんだなと、ちょっとした発見があったのです。
今は「プラネタリウムでどんな表現をするか?」の面が注目されているように感じます。
私が仕掛けた企画投影も、いわば「表現投影」の方に入るのでしょう。
せっかくのプラネタリウムの空間ですからいろんな表現が実現できる機会が増えるのは楽しみです。でも五島プラネタリウムの一般投影のような「文化投影」をいつでも見られる環境も欲しいと思うのです。

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Comments

 私は三谷幸喜より3日早く生まれた,と言う年代なので,昭和30年代の記憶はほとんどありません。辛うじて東京オリンピックが分かるかどうか,と言うところです。
 でも,文化鍋で御飯を炊いていたのは覚えています。
 文化住宅については,屋根の重量を増して台風に強く,玄関を入ると台所→四畳半ぐらいの和室→六畳ぐらいの和室,と言うふうに部屋が連なった間取り(つまり2DKですね)の,規格化された家屋で,鉄筋コンクリートの団地の出来る前の,「市営住宅」などによく見られたスタイルだったようです。…がしかし,老朽化と屋根の重さが災いしたのか,阪神・淡路大震災では倒壊が相次ぎ,多くの犠牲者を出してしまった住宅でもあります。

 「文化**」については,ここがちょっと面白かった。
http://www.dik.co.jp/seken/GOGEN/bunka.htm

 文化放送の開局年を調べたら,放送開始が1952年でした。

Posted by: なかを | Tuesday, 01 March 2005 10:43

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